ぶんきょうの坂道(第3回)~湯島編

文京の坂道シリーズとは?

天神女坂の坂下には、占い道39年の暢幸斉哲修先生が運命鑑定を行っています。銀座、原宿を経てここ湯島天満宮へ来て15年になります。政治家や有名芸能人の方も数多く鑑定したことがあると聞いています。先生曰く、神社にお参りに来られるお客さんは占いに詳しいため、厳しい質問も数多くされるそうです。私も占ってもらいたかったですが・・・

天神夫婦坂の坂下の春日通りから本郷方面が切通坂です。湯島の台地を開削して出来た坂なので切通坂と呼ばれています。かつては急な石ころ道でしたが、明治37年(1904)上野広小路と本郷3丁目間に電車が開通して、ゆるやかになりました。

切通坂を湯島天満宮入口から本郷方面へ数分進むと石川啄木の詩が刻まれている記念碑があります。「二晩おきに 夜の一時頃に切通の坂を上りしも- 勤めなればかな (明治43年末作)」 当時京橋の東京朝日新聞社の校正係りの仕事で二晩おきに夜勤した後、帰宅途中で上野広小路まで電車に乗り、その後徒歩で旧本郷弓町(現本郷3丁目)の自宅までとぼとぼと坂を上る情景を綴った詩です。

最後にこれら4つの坂に囲まれた湯島天満宮を紹介します。まず名称ですが、平成12年に正式名称が「湯島天満宮」となりました。「湯島天神

」は通称です。「湯島神社」は、旧称で明治から平成12年まではこれが正式名称でした。ご存知のとおり、祭神は天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)と菅原道真公です。ここ天神の古松の下に勧請(分霊をお迎えする)し、湯島天満宮と称されたのは正平10年(1355)2月のこと、後村上天皇の時でした。それから120年後の文明10年(1478)江戸築城の時に太田道灌によって修建されました。現本殿は、平成7年(1995)に造営されました。


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